【ahead×オートックワン】-ahead 5月号- 名車になる条件(2/2)
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僕達はときどき欧州生まれの小型車に乗って、うっかり「こういうクルマは日本人には作れまい」なんて書いてしまうこともあるが、同様に諸外国が日本並みの軽自動車を作ろうとしても、できっこない。つまり「すぐれた自動車」という観点からフェアに評するならば、〝軽〟は立派な〝名車〟となるのである。
そういえば僕自身、いつだったかいわゆる〝軽トラ〟であるスバル・サンバー・トラックを知人から借りて3日間ほど乗っていたとき、日本の環境に驚くほど適合した使いやすさや極めて高い利便性と経済性といったあたりに、とっぷりと感心させられた覚えがある。ちょっとばかりプリミティヴな走行感覚に、ライトウェイトスポーツカーを走らせてるときのそれにも少し似たワクワク感のようなものを覚えたりもした。「これは間違いなく日本が世界に誇るべき〝名車〟だよな」と妙にうれしい気持ちになって、その感覚は今に至るまで全く変わっていない。
ちょっと極端な例かも知れないけど、僕は〝名車〟の概念っていうのはそういうものだと思う。それでいいんじゃないか?と思う。
なぜならクルマは(モーターサイクルもそうだけど)とてもパーソナルな乗り物であり、〝自分〟の心に帰属する存在だからだ。状況や環境といった条件はあるにしても、それでも自らの心に忠実になって選ぶべきものだし、何より自分のために走らせる乗り物であり、少なくともこうした本を手にしておられる方々にとっては、クルマ(やモーターサイクル)はかけがえのない日々のパートナーにあたるはずだからだ。であれば自分の心にしっかりとリンクしていることだけが重要なのであって、標準性だとか世間一般の評価なんてものをそこに介在させる必要など、どこにもないのである。
あなたが憧れたり惚れ込んだりしたクルマは、その理由が何であれ、それはあなたにとっての〝名車〟。最初はそれほど気に入ってもいなかったのに、いつしか足に馴染んだブーツみたいな存在になって手放せずにいるクルマも、あなたにとっての〝名車〟。大切な人達との想い出がパンパンにつまった愛着あるクルマも、あなたにとっての〝名車〟。誰もが認める凄いクルマなんかである必要はなくて、やっとの想いで手に入れた小型車だって、10年落ちのくたびれたスポーツカーだって、傷だらけでいるステーションワゴンだって、あなたがそうだと思ってさえいるのなら、それは間違いなくあなたの〝名車〟なのである。
クルマ好きの数だけ〝名車〟があってもいいじゃないか。他人にとやかく言われる筋合いなんて、どこにもない。耳を貸す必要なんて全くない。あなたの〝名車〟は、あなた自身が決めればいいのだ
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