THE NEXTALK ~次の世界へ~ 東海大学教授 林義正 工学博士 インタビュー(2/5)
- 筆者: 御堀 直嗣
- カメラマン:佐藤靖彦
驚くべき工学部学生の実態
林義正を大学教授の道へ導いたきっかけは、驚くべき事実があった。
日本で一番の国立大学大学院をトップで卒業した新入社員に、クルマの騒音対策を検討させたところ、厚さ10mm(1cm)の鉄板を床に使えばいいと回答してきた。そんな分厚い鉄板で車体の床を作れないことなど、読者なら簡単にわかるはずだ。
【林義正】騒音対策として、彼の計算した内容は完璧でした。つまり知的能力はバツグンなのです。ところが、厚さ0.8mmの薄い鉄板にビードを付けたり、メルシート(防音や防振用のアスファルトシート:筆者注)を貼ったりすることで、軽く仕上げながら騒音対策を達成するという、量産車の車体として物を実現させるための実現能力、あるいは、課題の突破力といったことに欠けていたのです。
そして、自動車メーカーの日産を退社後、いざ大学へ行って見ると、そこにも驚くべき実態があった。
【林義正】1960年代のキャブレター(ガソリンと空気を混合する気化器。今日では電子制御燃料噴射装置に替わっている:筆者注)仕様のサニー1000(日産の大衆車:筆者注)のエンジンが台の上に置かれ、それも回らない状態です。そして横の黒板に、エンジン回転数とトルクの関係が書かれていて、そこから出力を計算して答えるといったことが行われていました。
工学は、4つの力学からなっていて、それは、材料力学/機械力学/流体力学/熱力学ですが、それらが収斂して演繹的(えんえきてき。原理から事実を推論する:筆者注)に集大成となるのではなく、物を前にして、物を中心に授業を組み立てていかなければ、ただ学問のための勉強になって、学生も授業が眠くなる。
そこで、帰納法的(きのうほうてき。個々の事柄から原理や法則を引き出す:筆者注)に、物から学問を学べるようにと、私はまず、日産から使わなくなった動力計を譲り受け、また今の量産車で実際に使われている直列4気筒エンジンを回して、燃焼の波形を採ったり、希薄燃焼をやったりしたのです。
授業でも、高速ピストンエンジンや、レーシングカー工学、インダストリアルデザインなど、物から学問へという新しい工学教育をやりはじめました。私が行った頃は、一番優秀な学生が屋根瓦屋へ就職するとか、オリエンタルランドに入るとかであったのが、即戦力として働ける学生が育つようになり、たとえば今年は、すでに大学院生10名全員が7月には就職が決まり、4年生も14名がほぼ決まって、あとは家業を継ぐなど、就職率は100%です。
林義正教授の下を旅立った学生の就職率の高さと、自動車メーカーや部品メーカーなどでの活躍は噂が噂を呼び、いつしか、林教授の授業には他の大学の学生もこっそり聴講に来るという話まで流れるようになった。
そのなか、GTカーの研究といった卒業研究も行われ、2000年に開かれた東海大学のモータースポーツフォーラムの場で、当時の東海大学の総長は、「集大成をル・マンのアリーナで発表する」と宣言し、新聞記事を賑わせることとなったのであった。
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