THE NEXTALK ~次の世界へ~ 東海大学教授 林義正 工学博士 インタビュー(4/5)
- 筆者: 御堀 直嗣
- カメラマン:佐藤靖彦
学生は、一人前の社会人に育っていった
プロフェッショナルたちが競い合うレースの世界、ル・マンへ、学生を連れて行くことに、どのような意味があったのだろうか?
【林義正】世界とは、歴史とは、そして文化とは、こういうものだということを学生たちに教えたかったのです。
まず車検がとても厳しい。車体がほんの数ミリ出っ張っていても、それを修正してこなければ、出走するための車検に合格できません。あるいは、決勝レース中のピット作業では、レーシングカーに触れることのできる人数が何人までと決められています。もちろんそれを守るのは当然ですが、たとえば作業をしないチーフメカニックが、ちょっと足をフロントカウルに触れさせるだけでも、人数違反であると厳しく注意されます。
規則に対して厳密であり、その厳格さが、ル・マンを支え、歴史を保っているのであって、学生だからといって甘えは許されません。同時に、我々のピットを担当するオフィシャルは、作業を監視しながらも「ガンバレ!」と励ましてくれるし、17時間38分でいよいよ棄権することが決まると「残念だった…」と、本当に悔やんでくれました。
周りのチームもドライバーも、そして給油所の人たちや、レースを運営するスタッフも、みんなが超一流の人たちで、格式あるレースであることがひしひしと肌に伝わってきます。
そしてル・マンを経験した学生たちは、どのような変貌を遂げたのか?
【林義正】まず準備段階で、英語で書かれた難しい規則書をすべて翻訳し、みんなで回し読みできるように自分たちで仕上げました。解釈が難しい箇所は互いに論議して解決していきます。一般教養課程では必ずしも彼らの英語の成績は良くはなかったようですが…
そして、フランスの主催者と英語でやりとりするまでになっていました。そうやって人とコミュニケーションができるようになっていきます。 作業の進め方では、〈次の工程優先〉の意識を持たせました。次に作業に取り掛かる人が作業をしやすくしておくようにということです。工具を使ったら、次の人が使いやすいようにきちんと並べて置く。設計でも、たとえばラジエターを配置する際には、次の工程である水の配管がしやすいように考えて位置を決める。
こうした意識を植え付けることで、チームが一枚岩となり、レースで運転をしてもらったプロのレーシングドライバーにも「はじめは学生で大丈夫かと思ったが、いまでは彼らを信頼し、全開でアクセルペダルを踏めます」と言ってもらえるまでになりました。
ル・マン挑戦で鍛えられた学生は、誰に教えられるまでもなく、道に落ちているゴミを拾うということまで当たり前のように自然にふるまえるようになった。就職率100%というのが当たり前であると思えるほど、社会人として一人前に成長し、卒業していくのであった。
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