エコカーの真相/第六回 リーフ NISMO RCは本当に必要か?(3/3)
- 筆者: 桃田 健史
- カメラマン:オートックワン編集部
エコな世の中で、EVレースは本当に必要なのか?
東日本大震災を受けて、日本人は「エコに本気」になってきた。
これはある意味、エコブームだ。だが、そのブーム、日本の今後のエネルギー戦略や安全保障問題など多くの課題を抱えた、根の深いブームである。
そんな世の中で、「EVレースは必要か?」
もっと言えば、「モータースポーツは必要か?」
という議論になる。
レースに対して、ガソリンの無駄遣い、電気の無駄遣いと言われても致し方ない。そもそも、モータースポーツには、4つの意義があった。
① お金持ちの道楽
② 量産車開発のためのフィードバック=かつてホンダが言った「走る実験室」
③ 技術者の育成
④ エンターテインメント
これら4項目でEVレースを見てみると、①は現在のところ、そうした流れは強くない。お金持ちは古き良きレースマシンがお好きなようだ。
④は、まだ時期尚早。昨年から全日本EV選手権が開催されているが、単独イベントとして「お客に見せる興業」に育つまではまだ時間がかかりそうだ。
そして、②と③、特に②こそ、EVレースの役割だ。
なぜならEVは「まだ未熟」だからだ。航続距離が様々な走行条件で大幅に変動すること、 二次電池の劣化について国の指針が定まっていないことなど、「未熟な部分」は数多い。
「えっ!?そんな未熟な車、新車で売っていいのか?」と思われるかもしれない。
だが、自動車の歴史を振り返れば、1960年代のガソリン車は、いま考えれば「えっ!?そんな車、売っていいのか?」という技術レベルだったではないか。
国産車の量産認定テストは、箱根上りだった。多くの車が途中で白煙を上げてギブアップ。頂上までたどり着けなかったのだ。また1962年に鈴鹿サーキットがオープンした当時、ほとんどの国産車はブレーキが(フェードして)2周程度しかもたなかった。
そんな車を売っていたのだ。そんな車がまともな車へと進化する過程で、モータースポーツ(当時は「カーレース」と呼ばれた)の役割は大きかった。
筆者は、60~70年代の日米欧の各種レーシングカーに試乗した経験があるが、「まともな車への進化過程」だったそうしたマシン達は、現在の安全技術水準で考えれば「極めて危険」だ。
ある日系ワークスマシンに乗った際、「これで富士の30度バンクを全開走行していたとは・・・」と、思わず生唾を飲み込むほどの凄味があった。
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