THE NEXTALK ~次の世界へ~ ホンダ レーシング 社長 鈴木哲夫インタビュー(2/5)
- 筆者: 御堀 直嗣
- カメラマン:佐藤靖彦
今年、好調のわけは2年前にある
Moto GPと呼ばれるバイクの世界選手権レースで今年、ホンダは好調だ。コンストラクター(メーカー別:筆者注)ならびにライダーともにトップの位置にある。このまま今年のチャンピオン獲得を目指す。
ホンダは、2006年にチャンピオンを獲得して以来、タイトルからしばらく遠ざかっていた。今年、なぜ勢いを取り戻せたのか?
【鈴木哲夫】勝てなかった理由は、エンジンや駆動力制御技術の開発の遅れにありました。今、我々のチームに居るケーシー・ストーナーという選手が、イタリアのドゥカティのチームで走っていた頃、サーキットのコーナーの立ち上がりで右手首をいきなり反り返しているんですよ。そしてエンジン音も、バーンと高回転に上がっている。それなのに、タイヤが滑って転ぶわけでもなく、バァーッと加速していく。「いったい、どうなってるんだ!」と、思いました。
世界最高峰の二輪の世界選手権を戦う上で、ホンダも最先端の技術開発はしてきています。たとえば、エンジンのバルブ駆動にエアスプリングを使うことなどはやっていました。しかし、その時点でエンジンの制御や駆動力制御の面で、他のメーカーに後れをとっていたと思います。
ドゥカティが使っていた制御は、F1で使われていたものをベースに、それを改良してバイク用にしていたのではないでしょうか。ホンダも、F1では独自の制御開発を行っておりましたが、F1の活動中止を受けて、それに関わっていた中本修平(元F1技術責任者で、現在はHRCチーム総監督)やF1の担当者たちに二輪のR&Dセンターへ異動してきてもらい、バイク用の制御開発を2年前からチャレンジしてもらった成果が、いま幾度のも優勝という形で表れている一つの大きな要素だと思います。
エンジンや駆動力の制御と言われても、一般的にはすぐに分かりにくいかもしれない。バイクのアクセルは、ハンドルの右手のグリップにあり、これをひねって回転させることでアクセルの開閉を行う。右手首を一気に反り返らせたというケーシー・ストーナーの操作は、いきなりアクセルを全開にしたという意味だ。とすれば、エンジン回転は急に高まり、大馬力が一気に発生し、そのままでは後輪が空転して横滑りし、横転する恐れがバイクではある。
鈴木哲夫は、エンジン音がバーンと上がったと語っている。しかし、それでもドゥカティのバイクの後輪が横滑りせず加速をしていったということは、半クラッチのような状態を自動的に行わせ、タイヤが横滑りしない限界でバイクを加速させていく制御がコンピュータによって行われているのではないかと想像された。
一方ホンダは、当時、ライダー自らアクセルの開け方を調整し、加速させていた。プロフェッショナルのライダーであれば、それは可能だが、万一の失敗ということもある。コンマ1秒を争うレースの世界で、万に一つとはいえ、それは負けを意味する。電子制御の威力は、そうしたちょっとした差を埋め、勝ちを呼び寄せる。
【鈴木哲夫】今のレースの世界は、2年前に目指すべき目標値を設定し、しかもそれが2年後に相手の性能を上回っていなければ勝てません。15年ほど前のレース水準なら、もし、今週のレースで負けても、次のレースまでの1~2週間に新しいタマ(新技術:筆者注)を入れて勝とうということが成り立っていました。
しかし今は、次のレースでなんとかなるといったようなことは基本的にはありません。体力勝負ではなく、頭脳勝負になっているんです。そこをちゃんと理解してレースに取り組まないと、勝てないと思います。制御技術の開発に取り組みはじめてから今年の成果につながるまで、それでも2年も掛かってしまったのは、バイクと4輪(F1)とでは、制御の仕方がまったく違うからなのです。F1のタイヤは太いですよね。それで800馬力強を受け止めている。
しかしMoto GPは、バイク用の細いタイヤで、しかもバンク(カーブで車体を傾斜:筆者注)させたときの接地面積は、親指の太さほどでしかありません。そこに200数十馬力のエンジンの力が掛かるのです。しかも、バイクは車体を傾けながら横滑りもしますから、タイヤが立ったまま路面に接地する4輪とは全く世界が違います。そこを理解し、使い分けできるようになるまで時間を要しました。
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