雄大な山々の景色に魅せられながら山間の道を車で走る。山里のいおり草円は、奥飛騨の清流「平湯川」のそばにある、奥飛騨温泉郷福地温泉の宿。豪壮な佇まいの母屋は、国の有形文化財にも登録される飛騨造りの古民家を移築再生。築160年以上の建物には飛騨人の生活の歴史が刻まれ、深い味わいを醸し出している。自慢の自家源泉かけ流しの温泉に体を沈め、奥飛騨の大自然の静寂に包まれながら贅沢な山里時間を楽しめる。
目次
風呂・温泉渓流のせせらぎと絶景に癒される 自家源泉掛け流しの湯
山里のいおり草円には、「大浴場 福野湯」「貸切露天風呂」「絶景露天風呂 森の湯」の3タイプの温泉風呂がある。どれも雰囲気や源泉が違うので、すべてのお風呂をハシゴして長湯を楽しむお客さんも多いとか。自家源泉2本と共有源泉を利用し、自家源泉は貸切露天風呂で、共有源泉は福野湯と森の湯で楽しめる。自家源泉は、湧き出たままの肌触り滑らかなお湯。温度の違う「熱湯」と「ぬる湯」を交互に入れば、免疫力や新陳代謝をアップさせる効果もあり、心身ともに健やかに整えてくれる。共有源泉は、古来「のくとまりの湯」と言われ、湯冷めしない湯・美肌の湯として有名。これら3種類の温泉を源泉かけ流しで楽める温泉宿は、全国でも珍しいだろう。清流のせせらぎに癒されながら、春夏は新緑、秋は紅葉、冬は銀世界の四季折々の自然の彩りに包まれる至福の秘湯。極楽な溜息とともに、身も心も大自然に溶け込んでいきそうだ。
山里の自然と文化何度も訪れたくなる季節ごとの山里暮らしを体験
福地温泉は、奥飛騨温泉郷の中で最も小さく、山里情緒を色濃く残す温泉地。周辺を散歩するだけでも、手付かずの自然や古い建物があちこちで見られ、昔から変わらず営まれてきた人々の生活を垣間見ているようでおもしろい。福地温泉に来たならば、ぜひ早起きをして朝市へ。毎朝6:30から開かれる朝市では、地元の名産などのお土産も探せる。他にも、散策ルートが整備された「福地山」トレッキングや、6月から7月のホタルが飛び交う季節に宿で実施される「ホタル観賞ツアー」も人気。8月には平安時代から受け継がれる無形文化財の獅子舞「へんべとり」が約1か月間上演され、集落が賑わいをみせる。秋の紅葉の美しさは言わずもがな、冬の一面真っ白な静寂の中で入る熱い温泉も別格だ。
料理手間をかける、という贅沢に舌鼓を打つ炉端会席
飛騨の人々が慣れ親しんできた囲炉裏を囲みながらの炉端会席。飛騨牛をはじめ、飛騨の野菜や山菜などの山の幸をふんだんに使用した郷土料理がいただける。素材の特徴を上手く引き出した料理からは、そのままで十分おいしい飛騨の幸を味わってほしいという想いが伝わってくる。「料理長は、昔の人がそうしていたように、食材を余すところなく丁寧に使います。奇をてらうのではなく、手間暇を惜しまず素材そのもののおいしさを引き立たせる料理は、シンプルゆえにごまかしがききません」と坂下社長。昔ながらの釜戸で毎日炊き上げるごはんもこの宿の名物だ。薪を割り、火を起こし、目を離さずに絶妙な火加減で焚き上げる有機栽培の地元産コシヒカリは、ふっくらとツヤがあり、香りも甘味も極上。香ばしいおこげも食欲をそそり、何杯でも食べられてしまう。茶碗一杯でたくさんのお客さんのおいしい笑顔が生まれている。
部屋時代を重ねてきた 古民家情緒あふれるくつろぎの空間
お部屋に一歩足を踏み入れると、畳や木の香りに癒される。そばを流れる平湯川の心地よい渓流音が心まで染み入り、ここだけ時が止まったような和やかな空気が流れている。この宿では、奥飛騨の地で昔から受け継がれてきた古民家を再生し、「草庵」「木庵」「煙香庵」の3タイプの客室でお客様を迎える。草庵は、代々受け継がれてきた持ち山の木材や珪藻土の土壁、柿渋の塗装など、奥飛騨の自然素材で仕立てられたお部屋。平湯川に面した木庵は、新潟の豪農屋敷を移築再生したお部屋で、骨太で力強い梁・柱の重厚感と安らぎを感じられる。そして煙香庵は、雄大な山と青い空を望む、この宿のシンボルともいえる開放感たっぷりのお部屋。雰囲気は異なるが、どのお部屋もシンプルな設えでほっとくつろげる空間が広がる。時には畳に寝転がり、縁側に座り、丁寧にお茶を淹れて、静寂に包まれた贅沢なひとときを味わえる。
宿での過ごし方お客様同士が出会える体験型の宿
山里のいおり草円では、お部屋だけで過ごすプライベートな滞在ではなく、お客様同士が出会い交流できる宿を目指している。だから、客室はあえてシンプル&ミニマムな設えに。「パブリックスペースを散策したり、囲炉裏に座って他のお客様と会話を楽しんだり。湧き水で冷やす天然の自動販売機がある休憩室も人気です。自分だったらどんな宿に泊まりたいか?と考え、お客様をおもてなししています」と坂下社長。人や自然と触れ合い、奥飛騨ならではの体験を楽しむことで、忘れられない旅の記憶が胸に刻まれるはずだ。
モノや情報であふれる現代において、何にもとらわれずに、山里のいおり草円でただ静かに時を過ごす。なんと贅沢なことだろう。囲炉裏を囲み、百年の歴史に耳を澄ましてみる。良質な温泉に浸かり、奥飛騨の自然に癒されてみる。何もない不便さが逆に心地よく、日常のざわついた心が解きほぐされていくのがわかる。心身ともに満たされる至福の安らぎが、ここにはある。
キーパーソン
奥飛騨温泉郷福地温泉で生まれ育つ、2代目宿主。学生時代は東京で過ごしたが、都会の煌びやかさよりも、生まれ育った福地温泉が性に合っていると気が付き帰郷。先代が営んでいた「お宿まつ屋」で働き始め、1995年に総責任者就任後、家業を受け継ぐ。2005年5月に「お宿まつ屋」を新しく「山里のいおり草円」としてオープン。2016年には、福地温泉の有志と自然エネルギー活用を目指す「合同会社福地温泉山里物語」を設立し、代表を務める。福地温泉を次の世代へ残していこうと地域づくりに尽力している。
「福地温泉が好き」と言う笑顔に心が安らぐ。「福地温泉は、奥飛騨温泉郷でも一番小さく鄙びた温泉地です。華美なものはない田舎宿ですが、シンプルにありのままの山里時間を楽しんでもらいたい。余分なものがなくても、往時の生活を偲ばせる奥飛騨の古民家に流れる贅沢な時間が、お客さまの心の疲れをほぐしてくれます」。先代が築いた宿経営を受け継ぎ、今は自分が泊まりたいと思える宿を営みながら、福地温泉の山里の魅力を伝えることも楽しんでいる。