やはり「ル・マン」には魔物がいる!トヨタとポルシェの死闘で感じた残り3分の悲劇(2/2)
- 筆者: 山口 正己
- カメラマン:トヨタ自動車/ポルシェジャパン/アウディジャパン
いきなり勝てたフォードGTの勝利
ところで、総合優勝を競うLMP-1クラスのポルシェ919 Hybridの3分20秒台に対して、3分53秒台がポールポジションだったGT-Proクラスに、ル・マン優勝50周年を記念して参加したフォードGTも興味を引いた。
フォードが宿敵として捉えていたフェラーリが、1966年の激闘をイメージしてか、ジャンカルロ・フィジケラを中心とする精鋭に与えたワークスの488 GTEを、当時と同じ赤一色にしつらえたことも郷愁をさそった。
しかし、デビュー戦だったそのフォードGTが、1966年と同じようにフェラーリを下して優勝したのをみて、若干複雑な想いになりつつ、時代の変化を感じた。
フォードGT40は、世界一のメーカーになったフォードが、さらに勢力拡大をもくろんで登場させたマシンだった。フェラーリの買収に乗り出したが直前で失敗したフォードは、ならばと、1960年からル・マンで連勝街道を驀進していたフェラーリを叩きのめし、そのカリスマ性を手に入れるためにル・マンに打って出た。だが、勝ったのは挑戦初年度ではなかった。
フォードGT40(フォードMKⅠ)のデビューは1964年。アメリカが大資本に物を言わせて、コンピュータを駆使して作り上げた全高40インチしかないペチャンコなマシンは、華々しくデビューしたものの、ル・マン24時間に参戦した3台すべてがリタイア。翌年は4台に増やしたが、これも全車が消えている。
勝ったのは、エンジンを7リッターに換え、新旧取り混ぜた“フォードGT40”が13台と大量にエントリーした1966年だった。勝つまで3年かかったのだ。
それが今年、これまたペチャンコな“GT40”と同じ思想で作られ、形も踏襲したフォードGTが、シミュレーション技術の発達でいきなり勝つことができるようになった。これまでにない、異変といえる結末だった。
本当の勝利
しかし、GTクラスならデータを演算して徹底した計算をすることでル・マン24時間を読み切れるが、LMP-1クラスではそうはいかないことを皮肉にもトヨタが証明することになってしまった。
トヨタTS050 HYBRIDを作り上げた村田久武ハイブリッドシステム責任者は、残り3分の悲劇の翌日、「来年は、もっとつきつめて絶対に壊れないクルマで戻ってきます」と語った。
今年はすでに徹底した検証が行なわれ、他のレースは棄ててもル・マン24時間で勝てるクルマとしてトヨタTS050 HYBRIDは誕生し、開幕戦のシルバーストーンと第2戦のスパ・フランコルシャンでは非力が伝えられたが、照準をル・マンに絞り込んでいることが、ル・マンに向けた合同テストの段階から見えていた。
思えば、1980年代のトヨタのレーシングカーは、童夢が開発を担当していたが、富士と鈴鹿という性格の違うコースはもちろんのこと、ル・マン用も同じスペックだった。それを考えると、ル・マンという特殊な状況で闘うことを想定してターゲットを絞り込んでTS050 HYBRIDを仕立てたことは、トヨタがル・マンに対する認識を深め、格段にポテンシャルを上げたことを証明し、そしてレースのほぼすべてを制圧していた。
しかし、進化した思想を基にシミュレーションで徹底的に検証して、あらゆることを想定しても、優勝に届かなかった。高度なレースには、いつも不確定要素が入り込み、人知を超えた何かが起きるが、これほど残酷な結末は誰にも想像できなかった。
発達したシミュレーション技術をフル動員したフォードGTが勝ったことに、正直なところさほどのシンパシーを感じなかったのは、計算では届かない何かが入り込むところこそ、レースの、そしてル・マンの面白さだと思うからだ。
レースは参加する以上、勝たなければならない。しかし“ただ勝てばいい”のではない。トヨタTS050 HYBRIDの不運としかいいようがない残り3分の悲劇の結果、今年勝ったポルシェは、ライバルのトヨタの素晴しい速さを讃え、リタイアを「悲しい」と表現した。
計算しきれない何か。シミュレーション技術がどんなに発達しても、人知を超えた何かが存在することを再認識したル・マン24時間レースだった。
[Text:山口正己]
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