“グランツーリスモ”を生んだ(株)ポリフォニー・デジタル 代表取締役「山内一典」氏×「学生カーソムリエ」対談/飯田裕子(3/3)
- 筆者:
- カメラマン:茂呂幸正
グランツーリスモでは“若者離れ”は起きていない
青山学院大学 湯川さん(以下、湯川)「ターゲット設定はあるんですか?」
山内氏「これまでも明確なターゲットを持って作ったことはないんですね。基本は自分たちが楽しめるかどうか、なんですよ。それは初代グランツーリスモのときからあまり変わっていなくて、結果として自分たちが楽しんで作ったらプレーヤーにもその楽しさは伝わるんじゃないかと、楽しさの共振みたいなことが起きればいいなと思っていて。
ただ、グランツーリスモ1のユーザーは“プレイステーション・ジェネレーション”って言われていて、20~30歳がメインでした。それから15年経ってますから、彼らはもう45歳です。ビデオゲームの世界で言うと、もう現役の世代ではない。グランツーリスモ1~5に従って高齢化していくんじゃないかと予想していたんです。ところが・・・。
グランツーリスモ5がオンラインになって、かなり正確なユーザー統計がとれるようになったんです。すると20~25歳あたりにピークがいるんです。確実にユーザーが若返っているんですよ。これは意外な驚きでしたね。もちろん30~40代、それ以上の年代のユーザーがいるのも特徴ですけどね」
湯川「若者のユーザー層が増えている、ということは、いわゆる“若者のクルマ離れ”といったことは心配しておられないのでしょうか?」
山内氏「心配はいつでもしていた方がいいでしょう、自分たちが古びていかないようにとか・・・。ですが現状では、全世界で見ても若者のクルマ離れと同じような現象がグランツーリスモでは起きていないのです」
ペダルとステアリングのリアリティは、さらに追求したい
芝浦工業大学 大塩さん(以下、大塩)「15周年を振り返って、グランツーリスモが一つのゲームのジャンルからシミュレーターに昇華した、と感じられる作品や出来事はありましたか?」
山内氏「変化を感じた、という明確なポイントはないですね。ただし、例えば“GTアカデミー”のようなプロジェクトが成功すると一つの証拠にはなりますよね。もともと、ザ・リアル・ドライビング・シミュレーターを謳ってGTは登場しているんですが、私自身がグランツーリスモをプレイすることで運転が上手くなる、レーシングドライバーが生まれるという予想はしていましたけれども、リアルにそうなったという実証はできなかったのです。しかし、2008年にGTアカデミーが始まって、ルーカスがウィナーになって今のレースでの活躍を見ていると、やっとそういう時代になったな、という感慨はあるかもしれないですね」
大塩「ルーカス選手へインタビューしたときに、『より、リアルに楽しむにはどうしたら良い?』と質問したところ、彼は『ペダルやステアリングを重くしたら、よりリアルに楽しめるんじゃないか』と応えてくれたんですけど、同じ質問を山内さんにさせていただいても良いでしょうか?」
山内氏「ペダルとステアリングは、もっとしっかりと、豊かな情報が出せるようにしたいですね。内部的にはそういう計算をしているのですが、ハードウェアの問題でアウトプットとして反映されていないんですよね。ステアリングコントローラーの開発も行っています。ルーカスがペダルをもっと重くしたい、というのは切実で面白いです。
今、ルーカスが乗っているGT-R GT3は、私も今年ニュルで乗ってきましたけれど、ブレーキペダルが“100㎏”なんです。ロックさせるのには90㎏の力が必要なんです。これがグランツーリスモだったら人差し指の一押しでロックできてしまいますから、そのあたりはもっとリアルにしたいなって、本当に感じますよね。なかなか簡単な話ではないですけれどもね」
飯田「そうなったら、リアルなクルマは欲しく無くなってしまうのでは?」
飯田さんを除く全員「いやいや・・・(笑)」
日本発のレースゲームは、海外に日本車を紹介するという役割も
高木「グランツーリスモのおかげで、クルマに詳しくなりました。知識を得たのは全部グランツーリスモからだったんですけど、ボクの好きなクルマの中に“パガーニ ゾンダ”がありまして」
山内氏「わかりやすいクルマですね」
高木「もともとグランツーリスモに入ってなければ、パガーニというマイナーなスポーツカーメーカーは知らなかったわけです。そこで、マイナーなメーカーがグランツーリスモに登録されることで認知度やブランドが上がり、メーカーの収益に繋がっているんじゃないかと思うんですけど。ぜひ登録してくれないか、という要望はないのでしょうか?」
山内氏「あります。今回はKTMなどと入れましたけど、これは長年に渡るKTMさんの熱意によるものです。」
飯田「グランツーリスモ6では、GT-Rも発表前から事前に情報をもらうなどでギブ&テイク的な密談もありますか?」
山内氏「ありますよ、日産ではないですけどね。グランツーリスモ6にも含まれていますが、アンベールされるのは実車と同時です。その点で言えばたぶん、日本のスポーツカーを世界に紹介したっていう重要な役割がグランツーリスモにはあったんですよね。GT-Rとかランエボとかを知ったという海外の方は本当に多いですよね。日本発のレースゲームだから日本車に偏っていて当たり前なんですけど、結果として日本のスポーツカーを紹介する役割は上手くできたかなぁと思うんです」
世界中のクルマで、世界中のサーキットを走れる
飯田「学生たちとの対談はいかがでしたか?」
山内氏「いやぁ、みんな詳しい。やはり日本の自動車文化は成熟しているんですね。途中、僕らの20代の頃の国産の軽やセダンなどの名前も出てきて驚きました。楽しかったです」
学生カーソムリエたちの質問は、かなりマニアックだったと思う。でも、その一つ一つはグランツーリスモを知っているからこその内容ばかりで、私にとっては興味深いものばかりだった。
コンピューター技術の進化はグランツーリスモの精度をより高めることができる一方、製作時間は1日/1台が6ヶ月/1台と手のかかるものになっていること、日本の成熟したクルマ文化と日本人チームによるGT製作が日本発の世界を代表するレースゲームを作り上げているということ。そして、新しいプロジェクトやコミュニティの話etc・・・。ニュルのレース中に雨が降ったとき、レイン仕様のマシンのシミュレーションをグランツーリスモで行っていたというお話も面白かった。
正直、私はグランツーリスモをプレイするのは嫌いではないが、決して得意ではない。でも、もっと色々なサーキットを走ってみたいと思えたし、セッティングを学ぶチャンスにもしたいと貪欲な気持ちも芽生えた。
ポリフォニーのオフィスにはこれから発送してデータを取ってもらうという某メーカーのスリックタイヤが積まれていた。パーティーションで仕切られたエンジニアたちのデスクは、個々の秘密基地のようにユニークで楽しい。5面もあるスクリーンで、世界中のサーキットを走ることのできる装置がある。
山内さんとそのスタッフたちはバーチャルとリアルを繋ぎ、誰もが行ったことも乗ったこともないサーキットとマシンを操る機会を生んでいる。彼自身がそのど真ん中にいるからこそ、新たなプロジェクトも生まれるのだと、改めてその存在の大きさを知った。
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