首都高の検査車両が線路を走る! 斬新なアイデアを伊豆急が実証実験
- 筆者: 遠藤 イヅル
- カメラマン:遠藤 イヅル
首都高はほとんど高架橋やトンネルなどの「構造物」で出来ている
皆さんご存知の首都高速。総延長は約320kmに及び、東京圏の経済や暮らしを支える重要な交通網です。しかし1960年代の開業区間も多く、経過年数が50年を超える橋梁やトンネルなどの構造物は、現時点で全体の15%に当たる47.2kmに相当するとのこと。さらに40〜49年を経過した構造物は約26%、84.5kmにも達します。もちろん今後年が経てば構造物の経過年数も次第に増えていってしまうため、今から30年後には77%(約250km)の区間が建設後50年を過ぎてしまうことになるそうです。
しかも首都高速は山を切り開いたり平地に道を通すよりも、都市に道路を走らせる宿命上高架橋やトンネルなどの構造物比率がとても高いのも特徴。その比率は一般国道では土木工事によって開通する区間が74%、トンネルが11%、高架橋が15%なのに対し、首都高では土木工事区間5%、トンネル12%、高架橋77%、そして半地下区間が6%で全体の約95%が構造物というのですから驚きです。
そして首都高速では大型車の通行量が東京23区の地方道の約5倍、しかも積載量オーバーの車両取り締まりを行っていても年間15万台が通行している(!)という過酷な状況にあるため、疲労や損傷の進行が進んでしまっています。また少子高齢化が進む中、今後維持管理に携わる人材に確保も難しくなってくるのではないかと危惧されているのです。
作業時間を90%も削減!画期的な道路維持管理システム「インフラドクター」
そのため首都高速では維持補修を行うために各種保全情報システムを活用して、いわゆるインフラの維持管理を行ってきました。しかしこれまでは構造物の台帳などの「構造諸元データ=構造物台帳」、竣工図などを管理している「図面データ=竣工図書管理システム」、点検補修のデータを記録してきた「点検補修データ=点検補修台帳」が別個で管理されていました。
この管理方法では、補修箇所の資料収集に時間がかかること、現地に行って詳細点検する時間を要すること、構造図以外の現況図面が手に入りにくいことなどいくつかの課題を抱えていました。そこで縦割りの情報を統合管理し、維持管理の高度化と効率化を図るべく開発されたのが「インフラドクター」です。インフラドクターの投入によって資料収集から現場確認の工程で作業時間は90%短縮(!)。生産性も実に20倍以上の向上となりました。
走行するだけで3次元図面用のデータ作成が可能!
インフラドクターは一般車両を改造した計測車両(MMS車=モービルマッピングシステム車)にレーザースキャンで得られる3次元点群データ、構図物台帳、図面データ、点検補修台帳とGIS(地理情報システム)を連携させることで、異常個所の早期発見や構造物の3次元図面作成、点検補修データを一元管理することができるスグレモノ。この優れたアイデアと技術は、一般財団法人国土術研究センターと一般財団法人沿岸技術研究センターが主宰する第20回国土技術開発賞にて最優秀賞を受賞した「ICTの活用による生産性向上を図る維持管理システム(スマートインフラマネジメントシステムi-DREAMs)」の中核システムを成します。
MMS車の屋根上にはビデオカメラ1台、100万点/秒の点群を取得できるレーザーを最長で235m、最短で1.2mの範囲で照射するRIEGL(リーグル)社製レーザー計測機を2台、360°全方位を撮影できるPGR社製センサーを備えた500万画素のカメラを1台搭載。道路ごとの最高速度で走りながらレーザーを照射して、構造物の3次元図面が作成可能です。3次元点群データは全ての点が正確な3次元座標(X,Y,Z)を有しているため、現地に行かなくても2地点間の寸法を確認でき、交差点の寸法計測で行っていた交通規制も不要になります。精度も極めて高く、例えばトンネル内壁のわずかなコンクリートの浮きや、剥離損傷までも発見が可能。それまでは人力、人海戦術でトンネルをくまなくチェックしていたとのことなので、インフラドクターによる省力化は確かに大きいことが伺えます。
道路用の計測車両をなんと鉄道用に転用、伊豆急行線で実証実験開始
そしてこの地理情報と点群技術を活用した高度な道路維持管理システムに着目したのが、東急電鉄(東京急行電鉄株式会社)です。道路と同じように鉄道も数多くの橋梁、トンネルなどの構造物を持ち、維持管理はとても大変。そこで鉄道施設の保守点検・管理作業の精度向上と効率化を大きく図るため東急グループ(東急電鉄、伊豆急行株式会社)と首都高グループ(首都高速道路株式会社、首都高技術株式会社)が鉄道保守新技術の共同開発(=鉄道版インフラドクター)を行うことになり、9月20日から29日にかけて実証実験が実施されました。
実験の舞台となったのは東急電鉄と深い関わりを持つ東急グループのリゾート路線、静岡県の伊豆地方を走る伊豆急行線・伊東〜伊豆急下田間45.7km。伊豆急行線は昭和36(1961)年に全通した比較的新しい鉄道のため、山の稜線に路線を這わさずトンネルと橋梁で直線的に結んだ線形を持っています。そのためトンネルは31か所で総延長約18km、橋梁は総延長約20kmにも及びます。建設されてから50年以上が経過している箇所があることも、首都高速と似た条件と言えます。
現行型トヨタ エスティマ ハイブリッドAERASをベースにしたMMS車は、軌道モーターカーに牽引された運搬台車に載せられ、9月20日から29日の未明にかけて伊豆急行線内全線を駅付近10km/h、それ以外を30km/hほどの速度で走行。レールの形状、トンネルの内面形状、橋梁の上部形状、レース周辺の傾斜、プラットフォームの形状などの計測を行いました。
なお余談ですが軌道モーターカーは、一般的には法規上の鉄道車両としての車籍を有していない「線路上を走行できる保守用機械」扱いが多く、その場合営業運転を行う本線上を走ることができません。そのため最終列車から始発列車が動き出すまでの深夜などに架線への電気供給を止め「線路閉鎖」を行っての運転が多いです。しかしその一方で鉄道車両扱いではないために、鉄道車両の運転に必要な国家資格「動力車操縦者免許」が要らないので、保線担当の係員でも、線路閉鎖を行った後なら本線上を運転が可能になっています。
鉄道用に改良が行われた「鉄道版インフラドクター」お披露目
2018年9月27日、伊豆急の伊豆高原輸送管理センターにて、鉄道版インフラドクターの記者発表会が行われました。当日は伊豆高原電車区の一角を用いて、実際に実証実験に使用される状態の車両(松山重車輌製の20tクラス軌道モーターカーMR1503型+運搬台車UT2002+MMS車積載)が構内を往復するデモやMMS車の車内公開が行われました。
鉄道版インフラドクターのMMS車では、LEDライトなど道路用と比べて鉄道用に特化した装備が追加されています。また、クルマだけの状態でしたらタイヤの回転によって走行距離が割り出せるのですが、台車に載せてしまうとクルマの車輪は回転しないため、台車の後部に計測器を設置して正確な移動距離を測れるようになっていました。
車内では2列目に計測用のテーブルとノートパソコンが置かれ、3列目のシートは撤去されて計測機器を搭載。車内に伸びるコード類とともに計測車両らしい雰囲気が漂っていました。
道路維持管理システムを鉄道に適用した例は日本初。道路用の計測車両をそのまま載せて鉄道用に転用してしまうアイデアは斬新ですよね!
「鉄道版インフラドクター」を新しい事業の一つに
東急電鉄では新中期3か年計画の重点施策である新事業の一つとして、鉄道の新技術として鉄道版インフラドクターの事業化を計画しているとのこと。今後は今年度中に東急線内や、東急電鉄が運営に参画する仙台空港でも実証実験を行う予定です。
先端技術を使った画期的な新しい鉄道保守技術として著しい省力化と効率化を実現する鉄道版インフラドクター。今後も首都高グループとの共同開発が進められることもあり、さらに計測や運用方法、精度が向上した鉄道版インフラドクターがさまざまな鉄道会社で運用開始されることが期待されます。鉄道ファン的(しかも車籍のない保線用などにも興味の手を出しちゃってる筆者のようなファン)にはMMS車が各鉄道会社でどんな車両に載せられて牽引されるのかも楽しみだったりします。
[text / photo:遠藤 イズル]
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