ジェミニにピアッツァ…何台覚えている?? いすゞの乗用車をふり返る

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いすゞ=トラック/バスなどの“働くクルマ”を造るメーカーだと思っている人が多いが、実は古くは乗用車の生産も行なっていた。クルマ好きも一目置く、記憶に残る個性的なモデルばかりだ。恐らく40代後半以上なら、「当時のいすゞは凄かった!!」と言うような思い出話もたくさんあるはず。

実は筆者もその中の一人で、18歳で免許取得以降いすゞ車を複数台乗り継いだ上に、それでは物足りず、実際いすゞに就職までしてしまったのである(笑)。そこで、今回はそんないすゞの乗用車たちを振り返ってみたいと思う。

 

■117クーペ、ジェミニ、ピアッツァ、ベレット他、懐かしのいすゞの名車たちを画像でチェック(20枚)

目次[開く][閉じる]
  1. 日本初の量産ディーゼル乗用車「べレル」、いすゞを象徴するベレット
  2. ジウジアーロが手掛けた伝説のスペシャリティクーペ「117クーペ」
  3. GMの世界戦略車構想に基づいて開発された「ジェミニ」
  4. 再びコンセプトカーの量産化に挑戦した「ピアッツァ」
  5. いすゞの乗用車の中で最もヒット作、2代目「ジェミニ」
  6. 世界初の自動変速式MTを採用した「アスカ」
  7. 全日本ラリーでBクラス3連覇、3代目「ジェミニ」
  8. いい意味で「日本車離れ」した魅力を持っていたいすゞの乗用車
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日本初の量産ディーゼル乗用車「べレル」、いすゞを象徴するベレット

いすゞの創業は1916年と、実は日本の現存する自動車メーカーの中でも最古だ。現在も続くトラック/バス、更にはディーゼルエンジンで知名度を上げていく一方で、乗用車の生産にも手を広げていくことになる。

クルマ作りのイロハを学ぶことを目的にイギリスのルーツ社(当時)と技術援助契約を結び、ヒルマン・ミンクスのノックダウン生産を開始。ここで培ったノウハウを元に自社開発した初の乗用車が、1961年に登場の「べレル」だ。実は日本初の「量産ディーゼル乗用車」だったものの、それ以外に特長はなく不人気モデルのレッテルを張られる。

しかし、その2年後の1963年にいすゞを象徴とする一台の小型車が登場。ベレルの小型版を意味する「べレット」だ。平凡な設計だったべレルから一転、当時としては最先端技術を惜しみなく投入。まだ国産車としては採用例の少なかった4輪独立式サスペンション(フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:ダイアゴナルスイングアクスル)、ラック&ピニオンステアリングなどを採用している。

“ベレG”は日本の自動車史に残る名車

更に途中で追加されたクーペの1600GT(通称“ベレG”)は日本車初の「GT(グランツーリスモ)」であると共に、日本車初のディスクブレーキ装着車でもあった。更に後述する117クーペ用の1.6L DOHCエンジン搭載のGTR(後期型はGT typeR)は動力性能/運動性能の高さから「和製アルファロメオ」と呼ばれる事も!! 現在ではクーペのイメージが強いが、2/4ドアセダン、ライトバン、ファストバック(かなり希少)などボディバリエーションは多彩だった。

ジウジアーロが手掛けた伝説のスペシャリティクーペ「117クーペ」

そんなベレットの上級モデルとして1967年に登場したのが「フローリアン」だ。イタリアのカロッツェリア・ギアに依頼したデザインは流麗で当初はスポーツセダンのキャラクターで、モデル末期はタクシーや教習車などの法人需要が多かった。

このフローリアンと基本コンポーネントを共用する伝説のスペシャリティクーペが「117クーペ」である。デザインはカロッツェリア・ギアの若手デザイナー、後にデザイン界の巨匠となるG・ジウジアーロで、当初は市販化予定のない純粋なコンセプトモデルだったが、1965年のジュネーブショーで初公開されると大注目。そんな声からいすゞは市販化を決意、3年後の1968年に発売を開始。

流麗なボディデザインはコンセプトモデルを忠実に再現。デザインに注力されがちだが、大人4人がシッカリ乗れるパッケージングも見事だった。ちなみにこのデザインは当時のプレス技術では再現できず、多くの部分は手作業で実施。そのためにいすゞはイタリアから板金職人を招き日本人への技術指導を行なったそうだ。

インテリアのこだわりも強く発泡レザートリムや台湾楠のウッドパネル、ナルディタイプのウッドステアリングなどが採用されていた。エンジンはいすゞ初のDOHCとなる1.6LのG161Wを搭載。ちなみに1970年には日本初となる「電子制御燃料噴射装置(EGGI)」モデルも追加されている。

このように当時のいすゞの乗用車はデザインや技術的なこだわりは非常に強いが、その一方でビジネスの観点で見ると成功とは言えなかった。そんな事から1971年にGMと資本提携を結ぶこととなる。

当然、採算が取れない117クーペもメスが入れられ、1973年には生産性向上とコストダウンを目的にしたマイナーチェンジを実施。以降のモデルは「ハンドメイド」に対して「量産丸目(その中でも細かい変更あり)」と呼ばれる。その後、1977年に再びマイナーチェンジが行なわれ「量産角目」となる。1979年にはディーゼルも追加。スペシャリティクーペへのディーゼル搭載は恐らく世界初だろう。

GMの世界戦略車構想に基づいて開発された「ジェミニ」

1974年、約10年渡り生産されたべレットに代わるニューモデル「ジェミニ」が登場。実は全てが自社開発ではなく、GMの世界戦略車構想に基づいて開発されたオペル・カデットをベースに、いすゞが日本流にアレンジしたモデルだ。カデットの堅実な設計と欧州車らしいシンプルでクリーンなデザインに信頼性の高いいすゞ製エンジンの組み合わせは商品性も高かった。

1979年にジェミニ独自のマイナーチェンジが行なわれ、当時流行のスランドノーズに変更。また、1.8LのDOHCエンジン「G181W」を搭載したスポーツグレード「ZZ(ダブルズィー)」が追加された。クルマ好きからは「べレットGTの再来」と言われ、硬派なスポーツセダンとして独自の存在感を持つだけでなく、動力性能/運動性能の高さからモータースポーツでも活躍しており、特に全日本ラリー選手権では何度もシリーズチャンピン獲得している。その一方で、ディーゼルモデルも用意され、オイルショック後は低燃費車として脚光を浴びた。1982年には世界初の「電子制御式ディーゼル」も導入された。

再びコンセプトカーの量産化に挑戦した「ピアッツァ」

そんなジェミニの基本コンポーネントを用い開発されたのが1981年に登場した「ピアッツァ」だ。117クーペの後継モデルを計画していたいすゞが再びG・ジウジアーロにデザインを依頼して生まれたコンセプトカーが1979年のジュネーブショーで公開された「アッソ・ディ・フィオーリ」。いすゞは再びコンセプトカーの量産化に挑戦したのだ。

117クーペは忠実なデザインの再現のために板金職人が活躍したが、ピアッツァはボディ/ウィンドウの継ぎ目に段差が現れない「フラッシュ・サーフェース」をはじめとする新技術が支えたそうだ。また、運転中にステアリングから大きく手を離さずに操作が可能な「サテライトスイッチ」は、現在のステアリングスイッチの原型と言ってもいいかもしれない。

エンジンは、初期型にはモデル末期の117クーペに搭載されていた1.9LのDOHC「G200WN」がフラッグシップモデルに搭載されていたが、実は世界初の「ホットワイヤー式エアフロメーター」、や「自己診断機能付ECU」などが採用されていた。後に2.0LのSOHCターボ「4ZC1-T」が追加されるが、180ps/23kgmのパフォーマンスはクラストップレベルを誇った。

またGMグループのメリットを活かし、1985年にはオペル公認チューナーのイルムシャーがトータルコーディネイトした「イルムシャー」、1987年にはロータスがトータルコーディネイトした「ハンドリングbyロータス」と言ったスペシャルモデルも設定された。ちなみにヤナセでも販売が行なわれ、細部が差別化された「ピアッツァ・ネロ」が販売されていた。

いすゞの乗用車の中で最もヒット作、2代目「ジェミニ」

1985年、ジェミニが2代目へとフルモデルチェンジ。GMの世界戦略に組み込まれた「Rカー」としても位置づけられていたが、初代と異なり全ていすゞ独自開発が行なわれた。駆動方式はFFに変更、ボディサイズ/エンジンも小型化され、いわゆるカローラ/サニークラスへの参入となった。当時初代の愛好家からは否定的な意見も出たが、開発コンセプトの「クオリティ・コンセプト」に見合ったデザイン(公言されていないがG・ジウジアーロが手掛けたと言われる)はシンプルでクリーン、更に街中のフットワークを重視したハンドリングなど、ライバルが上級化を行なう中で「身の丈感覚」のキャラクターがユーザーにヒット。更にパリの街中をダンスするかのように駆け巡るTV-CMの効果も相まって、月間販売台数であのカローラを抜いた事もあった。また、ピアッツァ同様にイルムシャー/ハンドリングbyロータスも設定された。2代目ジェミニは他のいすゞ車と異なり、モデル末期まで安定した販売台数で、いすゞの乗用車の中でも最もヒット作と言えるだろう。

世界初の自動変速式MTを採用した「アスカ」

2代目ジェミニの登場より2年前の1983年、フローリアンの後継車となる「アスカ」が登場。ネーミングは「飛鳥」から取られたが、初代ジェミニと同様にGMのグローバルカー構想により生まれたモデルである。ちなみに姉妹車はオペル・アスコナ/キャデラック・シマロン/シボレー・キャバリエなどだ。

シンプルでスッキリした欧州仕込みのデザインは後に登場する2代目ジェミニに通じる部分があるものの、ライバルと比べるとやや地味な印象が拭えず。エンジンは1.8/2.0Lガソリン、2.0Lガソリンターボ、2.0Lディーゼル、2.0Lディーゼルターボと豊富。ちなみに2.0LガソリンターボはRACラリーでクラス優勝、2.0LディーゼルターボはFIA公認の速度記録達成と、俊足な一面も見せる。

また、アスカが話題となったのは、世界初の自動変速式MT「NAVi5」の採用だ。当時は全く評価されなかったが、後のDSGなどのツインクラッチ式MTのご先祖さまと言っていいだろう。更にイルムシャー仕様の追加など様々なトピックはあったが、販売は今ひとつで2代目からOEMモデルへと切り替えられた。

全日本ラリーでBクラス3連覇、3代目「ジェミニ」

一方、1991年にジェミニは3代目にフルモデルチェンジ。コンセプトは継承するもデザインは大きく刷新。GMの意向が強く影響したアメリカナイズなデザインはグリルレスかつAピラーの傾斜が強い斬新なフォルムでは、賛否があったのも事実だ。3代目にも2代目同様にイルムシャーとハンドリングbyロータスが設定されていた。

メカニズム的には様々なトライが行なわれており、フラッグシップのイルムシャーRには180ps/22.4kgmを誇る1.6LのDOHCターボ「4XE1-T」を搭載(ちなみにこのエンジンは2代目ロータス・エランにも供給された)。サスペンションは4輪ストラットを採用するが、リアにパッシブ4WS機構を用いた「ニシボリック・サスペンション(開発者の西堀稔氏が由来)」を採用。コーナリング時にクセがあったため賛否はあったものの、ラリーシーンでは武器となり全日本ラリーではBクラス3連覇を獲得。また、N1耐久シリーズでもクラス2のタイトルを獲得し、そのノウハウをフィードバックさせたロードモデル「タイプコンペティション(FF:20台、4WD:30台)」が限定発売されている。

この3代目のジェミニの派生モデル「GEOストーム」をベースに1991年に登場したのが2代目ピアッツァだ。細部に初代のイメージが残るも全くの別のモデルとなってしまった。1.8L-DOHCエンジンの「4XF1」や全車ハンドリングbyロータスチューンのサスペンションの組み合わせで走りは悪くなかったが、偉大なる初代とのギャップに人気を得る事はできず。結果としていすゞが開発した最後の乗用車(SUVモデル除く)になる事に……。そして、2002年に国内における乗用車の自社開発・製造に終止符を打つ。

いい意味で「日本車離れ」した魅力を持っていたいすゞの乗用車

このようにいすゞの乗用車を振り返ると、決して万人受けするモノではなかったが、どれも“個性”に溢れていた(ちなみに当時乗用車のスローガンは「いすゞは無個性な車は作らない」だった)。

また、実験部主導による開発や巧みなチューニング、ライバルに先駆けた先進的なトライや先鋭的なデザインの積極的な採用など、日本車メーカーでありながら、いい意味で「日本車離れ」した魅力を持っていた。特にデザインは今見ても古さを感じさせない物が多く、まさに「時代が追い付いた」と言った感じだろう。更に今では当たり前の世界戦略車と言うキーワードを日本で聞いたのは、いすゞが最初かもしれない。

しかし、その一方で、先進的な技術を自らの手で普及させるほど体力がなかった事や、少ないラインアップの上にモデルサイクルが長く商品力を維持できなかった事、続けてヒット作を生むことができなかった事など、ビジネスとして継続できない理由も数多くあったのも事実である。もし1990年代に今のようなパワートレイン/プラットフォーム共用化が当たり前だったら、もしかしたらいすゞの乗用車は今も継続していたかもしれない。

現在、いすゞの乗用車は日本に約2万台前後存在するそうだ。ちなみにべレットや117クーペ、初代ジェミニなどのクラッシック世代はアナログな部品が多いため修理/修復がしやすいが、逆に初代ピアッツァや2~3代目ジェミニなどのネオクラッシック世代は出始めの電子系のパーツが入手困難なケースが多く、クラッシック世代より残存率が低いそうだ。

ただ、現時点ではまだ部品などは何とかなるレベルのようなので、東京都羽村市にある「イスズスポーツ」をはじめとする専門店にぜひ問い合わせてみて欲しい。乗りたい人は今がチャンスだ!!

[筆者:山本 シンヤ/撮影:いすゞ自動車株式会社]

いすゞ/アスカ
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新車価格:
187.3万円226.9万円
中古価格:
45.9万円45.9万円
いすゞ/ジェミニ
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新車価格:
156万円193.1万円
中古価格:
53万円129.8万円
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山本 シンヤ
筆者山本 シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車雑誌の世界に転職。2013年に独立し。「造り手」と「使い手」の両方の気持ちを“解りやすく上手”に伝えることをモットーに「自動車研究家」を名乗って活動をしている。西部警察は子供時代にリアルでTV放送を見て以来大ファンに。現在も暇があれば再放送を入念にチェックしており、当時の番組事情の分析も行なう。プラモデルやミニカー、資料の収集はもちろん、すでにコンプリートBOXも入手済み。現在は木暮課長が着るような派手な裏地のスーツとベストの購入を検討中。記事一覧を見る

監修トクダ トオル (MOTA編集長)

新車の見積もりや値引き、中古車の問い合わせなど、自動車の購入に関するサポートを行っているMOTA(モータ)では、新型車や注目の自動車の解説記事、試乗レポートなど、最新の自動車記事を展開しており、それらの記事はMOTA編集部編集長の監修により、記事の企画・取材・編集など行っております。MOTA編集方針

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