ハイブリッド技術の進化をけん引する“モータースポーツ”に注目せよ!(2/2)
- 筆者: 清水 和夫
世界初のガソリン自動車を誕生させたダイムラー
もう一つ重要な事実がある。ガソリン自動車の始まりは1886年のゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツだ。
そのためドイツが自動車の生みの親だと思いがちだが、それ以前から、フランスやイギリスでは蒸気機関や電気の自動車が走っていた。動力がどうであれ、馬に代わる未来の乗り物に夢を抱いた人は少なくない。サーキットもない時代に未来の乗り物でスピードを競うことは、むしろ自然の成り行きだっただろう。
ガソリン自動車の核となる内燃エンジンは19世紀初頭の科学者カルノーの仮想的熱機関(カルノーサイクル)が原点である。これをもとに世界初の4サイクルのガスエンジン(ガソリンエンジン)を発明したのがニコラス・オットーで、彼に従事していたのがゴットリープ・ダイムラーである。
ダイムラーは後に世界初のガソリン自動車を誕生させた。
フランス人が原理原則を、ドイツ人がエンジンというモノを作ってきたことを歴史は物語る。フランス人に「自分たちこそが偉大な自動車の父」との自負があるのはそのためだろう。しかも彼らはガソリン自動車が生まれる前からスピードを競っていたのだ。
モーターレーシングの歴史は面白い。1920年代は自動車技術の黎明期だが、ドイツでは国を上げたGPカーが新設のニュルブルクリンクでアルファロメオと戦っていた。
アウディの前身であるアウトウニオンの依頼で開発されたV型16気筒ミッドシップのシルバーアローはポルシェ博士の設計だ。アメリカでは1911年にインディ500マイルレースが始まった。
ブリックヤードと呼ばれるインディサーキットはインディアナポリスにあり、ここには数多くの高級車メーカーが存在していた。1913年にはDOHCを考案したプジョーが優勝し、1915年にはメルセデス(ダイムラー)が優勝している。この時代は大西洋を挟んで自動車のスピードを競い、技術と夢を語り合うサロンとしてサーキットが使われていた。
日本がル・マンに学ぶことは多い
2012年、ル・マン24時間レースに新しいレギュレーションが加わった。
燃料規制が強化され、ガソリンでもディーゼルでもハイブリッドの使用が規定された。つまり、爆音を轟かせて疾走するレースの世界も環境に配慮した新しい価値観が求められるようになったのである。自動車メーカーチームのためのLMP1クラスでは回生エネルギーを利用するハイブリッドシステムが認められ、当初は前輪か後輪のいずれかで回生し、1周で使用できるアシスト・エネルギーは6MJと定められた。
2014年にはさらに規則が変更され、速さと効率の両立というコンセプトがF1以上に明確に打ち出された。
新規則ではLMP1クラスはエネルギー回生システムを2種類搭載することができる。さらに、その回生システムのエネルギーに合わせ、レースで使用する最大燃料流量と燃料タンク容量を細分化。つまり大量のエネルギー回生により、燃費をさらに25%~30%改善するという大胆なコンセプトを打ち出したのである。
欧州がすごいのはここでもルールメイカーであることだ。トヨタや日産がどんなに頑張っても、ルールを決める段階で議論に参加できているかどうか。戦いはそのときから始まっている。
ちなみに国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)の自動運転ワーキングでは日本は英国と一緒に共同議長国となった。我々がル・マンに学ぶことは多そうだ。
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