ベントレー ミュルザンヌ 試乗レポート(3/3)
- 筆者: 金子 浩久
ミュルザンヌの存在は、機械式の高級腕時計のことを思い浮かべてもらえば、うまく想像してもらえると思う。パテックフィリップやブランパンなど、安くても一個百万円は下らないスイス製の腕時計のことだ。ほとんどハンドメイドで、限られた数しか造られない。
機械式だから、精度ではデジタル時計には絶対にかなわない。それだけでなく、何日かに一回リューズを巻いたり、いつも腕に巻いて使ってゼンマイを巻き上げておかないと、停まってしまう。
デジタルなら、電池がなくなるまで停まらない。複雑な機構のものは天文学的な価格になるが、デジタルだったら同じ機能は100分の1以下の価格で手に入る。
性能は及ばなくて、停まることもある時計なのに、なぜ、そんなものに100倍以上もの値段が付いて、喜んで買う人がいるのか?
それは、時刻を知るため以外のものを求めているからだ。工芸品のような加工技術の見事さだったり、ネジひとつ金属の塊から削り出されるクラフトマンシップだったり、その時計メーカーの歴史や伝統などだったりする。
繰り返すけど、時刻を知るには、それらは全く必要ない。一番シンプルなスウォッチを買わなくたって、携帯電話を取り出せば済む話だ。
携帯電話では人と荷物を運ぶことはできないが、ミュルザンヌがもはや現代でクルマと呼ばれるものの範疇を超えていることがおわかりいただけると思う。
カタログに載っている標準設定のボディカラーは114色あり、それ以外のスペシャルオーダーにもいくらでも応えてくれる。(もちろん、値段と納期もスペシャルになるが)
イギリスで新車のベントレーを購入する8割の顧客は、ディーラーではなく、直接クルーの本社工場に足を運び、シートやダッシュボードに加工される前の段階の革や木材を選び、外装色や内装、装備等についてじっくりと相談しながら、注文する。
よく話し合う「ビスポーク」(besporkenが語源)という注文方法によって、購入されるのがベントレーだ。
どちらが良くて、どちらが良くないという話ではない。文化なのだ。
ベントレーとはそういうクルマで、それがベントレーの流儀なのだ。だから、ベントレーのフラグシップ、ミュルザンヌはクルマであってクルマではない、のだ。
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