ベントレー ミュルザンヌ 試乗レポート(1/3)
- 筆者: 金子 浩久
知っている者だけが気づくベントレーの価値
ベントレー ミュルザンヌは、クルマであってクルマではない。
4本のタイヤが付いたボディに人と荷物を乗せ、エンジン(ハイブリッドや電気自動車ならばモーター)で走るという点では、ミュルザンヌもミニバンも軽自動車も変わらない。
しかし、運転席に座りドアを閉めて走り出すと、これが同じ「クルマ」とは思えなくなってくる。
まず、インテリアが違う。違い過ぎる。
吸い付くように滑らかで、キメ細かな革が張られたシートに驚かされる。家庭用のソファや椅子だって、ここまでのものは相当な高級品だろう。
次に、メーターのダイヤルの仕上げが素晴らしい。
エンジン回転数やスピードを表わす数字のフォントや、スケールのレタリングが吟味に吟味を重ねられた上で、丁寧に描かれている。
突飛なデザインではないけれど、たっぷりと手間と時間が掛けられたオリジナルだ。
インフォテインメントシステムやエアコン、シフトレバーなどの操作ノブやスイッチ類には、金属製で滑り止めのローレットが刻み込まれている。ロンドンの高級銃砲店「ホランド&ホランド」で売っているライフル銃の撃鉄のようだ。
金属に見えるものはすべて金属で、革に見えるものはすべて革。
ウッドも、然り。ウッドパネルをよく見ると、運転席側と助手席側とで木目が変わらない。左右対称になっている。
仮に、ミュルザンヌを進行方向を軸にして半分に折り畳んでみると、ピタリと木目が一致する。鏡のように左右で一致することから、ベントレーではこの仕上げ方を「ミラーマッチ」と呼んでいる。
普通の人は、中古車の査定員の資格でも持っていない限り、そこまでは気付かないだろう。そういう僕だって、イギリス中部のクルーという小さな街にあるベントレーの工場を取材していなかったら、わからなかっただろう。
大メーカーの経営者ならば、精巧な木目フィルムで済ませ、浮いた分のコストを利益に計上し、株主を喜ばせるだろう。
「知っている者だけが気づく」
ミラーマッチだけでなく、ミュルザンヌにはそんなありがた味が、あちこちに隠れている。これみよがしに「スゴいでしょ、高級でしょ、ブランドでしょ」と、いちいちしつこくアピールしていない。
存在自体でアピールしている。
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