金子浩久・小沢コージの2009下半期 ベスト・バイ・カー 総論トーク 国産車編(1/2)
- 筆者: 小沢 コージ
- カメラマン:オートックワン編集部
自動車幻想が消えたビッグイヤー
小沢遂に09年も終わってしまいましたね。2010年ですよ。ま、とりあえず去年の下半期を振り返ってみますか!
金子凄い年だったな。ある意味、衝撃の一年だったんじゃないかな。
小沢プリウスに始まり、プリウスに終わった気がしますね。白ナンバーのトヨタ・カローラ、ホンダ・フィットはもちろん、軽自動車のワゴンRまで差し置いて09年年間販売のトップ。朗報というより、もう緊急事態と言ってもいい。
金子“プリウス”というある種の台風というか、ウィルスに席巻された年だと大衆的には記憶されることだろうさ。年表的には。
小沢下半期はその残り香というか、オマケみたいな感じじゃないですか?
金子と言うか、遂に“自動車幻想”が消えた年なんだよ。日本が1945年に終戦し、60年以上続いてきたある種の“夢”が消えた記念すべき年。
小沢テーマが壮大になってきましたね。21世紀は“物作りの世紀”と言われましたけど、それが終焉したんだと。
金子東京モーターショーの日本カーオブザイヤー30周年展示に良く現れてたけどさ。何が良かったって初代ソアラとか、初代FFファミリアとかでしょ。「ああ、夢が詰まってたな」って思わなかった?
小沢思いましたねぇ。当時は「イイ物を買うとイイ生活も付いてくる」という夢というか幻想がありました。実際俺、その後シティ・カブリオレ買っちゃったくらい(笑)
金子良くも悪くもそれが終わったんだよ。そもそも90年代はいくら個々のクルマ性能は上がっても、ある種の有り難みっていうか、思い入れは落ちてた年じゃない。
小沢おバカな企画物もすっかりなくなりましたからね。80~90年代まではトヨタ・セラとか、CR-Xデルソルとか、ミニモークとか、明らかに思いつきで出来た!ってクルマが沢山あったのに。
金子マイティボーイとかオートザムAZ-1とか、マツダの5兄弟車もね。
小沢「売りたい!」より「作りたい!」が先行している、いい時代だった。
金子最後は01年のトヨタbBオープンデッキあたりだと思う。それ以降、企画物はほぼなくなったわけよ。でもある意味、正常に戻ったとも言える。再び東京モーターショーだけど外人ジャーナリスト、ほとんどこなくなったじゃない。僕らも他人のことは言えないけど、アレって今までメーカーがアゴ足付けて呼んでたんだよね。でもドイツ『AMS』(アウト・モトウント・シュポルト誌)の副編集長はしっかり来てた。行きたい人は自腹でも行くわけよ。
小沢それに日本人はつくづく“負を喜ぶ国民”ってことも証明されましたよね。良く「今日寝てないんだよ~」とか「全然勉強してね~」ってボヤく人いるじゃないですか。あれと同じで、日本には負の要素を叫び、連鎖を喜ぶ国民性がある。コップに水が半分あったら「半分“しか”ない」って連呼する体質。「半分“も”ある」とは決して言わない(笑)
金子自粛好きで縮み指向。モーターショーは2階建てブースがひとつもなくて、ターンテーブルもほぼないに等しかった。
小沢のりピー&にタイガーウッズにアンチ大排気量車、ある意味、ネガティブキャンペーン、大流行の年でもありました。
金子トヨタF1もね。やめるのはいいけど、残った遺産を売らないのはもったいない。うまくすると勝てたマシンだし、続ければ10年チャンスでしょ。これまた“自粛”に他ならない。
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