関西の玄関口である関西国際空港から車で約1時間半、大阪や神戸の都心部から1時間かからない場所に位置する有馬温泉は、日本書紀にも記される日本最古の温泉地である。さらに世界で唯一の「海洋プレート直結型」の温泉であり、「御所泉源」から引かれる上質な湯を加温加水しない状態で堪能することができる。歴史、泉質、アクセスの良さをも兼ね備えた、他に類を見ない有馬で最も長い歴史を持つ温泉宿が、ここ「陶泉御所坊」というわけだ。
建物情緒あふれる「陰翳礼賛」の世界の中にある快適さ
趣あるエントランスに降り立つと、まるで明治か大正の古い時代にタイムスリップした気分になる。随筆「陰翳礼賛(いんえいらいさん)」を彷彿とさせる仄暗い電球照明の空間。これを著した谷崎潤一郎や吉川英治も同じ場所にいたのだと、ノスタルジーの世界に吸い込まれそうだ。昭和初期に建てられた木造3階建ての建物には有機物の温かみがあり、その歴史を雄弁に語りかけてくる。
「建物は代々受け継いできた子孫への預かり物。古い情緒を残しつつ、快適に過ごしてもらえる設えにしています」と主人の金井さんは話す。古い建物ゆえ、エレベーター設備はないが、階段の途中や廊下には一息つけるように椅子を設置。大浴場への通路沿いに置かれたワインセラーでワインを選べたり、ちょっとした心遣いが心地いい。
部屋3つの建物からなる、何度も泊まってみたい個性的な部屋
御所坊の部屋は、3つの建物からなる。まずは、「聴水御坊」「雲山御坊」から紹介しよう。デラックスルーム「天楽」は、御所坊を愛した著名な文化人たちが残した詩や書を眺めることのできる特別なお部屋。3室あるスーペリアルーム「中庸」では、伝統的でシンプルなお部屋から滝川や、部屋によっては神戸の名木「糸桜」が望める。
もうひとつの建物は、戦後に建てられた「翠巒御坊(すいらんごぼう)」。その中にある客室「地久」は、他と異なるレトロモダンな雰囲気に包まれている。枯山水の庭や温泉街の風景を眺めることが可能で、部屋を変えて何度も泊まってみたくなる。
「元々30室あったものを20室に改装しているので、思いがけないところに柱や空間があったりするのですが、それすらも魅力も一つとして活かしたいと思いました。こんな造りは他では絶対ないですね」と金井さんは笑う。唯一無二の価値が、ここにも存在するのだ。
温泉有馬随一の湯を源泉掛け流しで楽しむ
御所泉源と妬(うわなり)泉源から引湯し、源泉掛け流しで提供される御所坊の湯殿の特徴はなんと言っても、お互いの顔が見える高さの柵と岩で区切られた、半混浴式の大浴場「金郷泉」ではないだろうか。あらゆる人に安心して入ってもらうため、高さや造りなど緻密に計算し設計されている。赤茶色で不透明なお湯は、鉄分、塩分、その他ミネラルが豊富な名湯で、入浴後の肌触りに歓喜すること間違いなしだ。
料理山海に恵まれた土地で育まれる「山家料理」
御所坊で頂ける料理は、鎌倉時代に源を発する、素朴で野趣あふれる「山家(やまが)料理」。この言葉は「わが家の料理」、すなわち御所坊独自の考え方でつくられた料理を意味する。有機農法で作った米や、できる限り自然な方法で肥育された最高峰の但馬牛、旅館では御所坊のみが出入りを許されている、昼揚げで有名な明石漁港の新鮮な魚介類など、背景までこだわった食材には驚くばかりだ。
「温泉という自然のものを甘受している身として、少しでも地球に優しいものを使用したいと考えています。また、ただ素材をお出しするのではなく、ショックフリーザー(急速凍結機)やガストロパック(減圧加熱調理器)など最先端の調理設備も活用。効率的でかつおいしい、次世代の和食を追求しています」と金井さん。取材当日も、珍しい冬場の鱧を加工した新しい調理のお話を聞かせていただいた。合理性と先進性を併せ持つ「山家料理」の進化に、何度来ても新しい発見と感動が味わえるだろう。
デザインとおもてなしデザイン サービス その全てに物語が潜んでいる
御所坊の意匠は、「無汸庵」の号を持つ芸術家・綿貫宏介氏が手掛けている。看板や館内装飾、食器や浴衣、アメニティ類に至るまでその世界観に基づいて作り込まれており、宿全体に深みのある雰囲気を加えている。肌触りを第一に考えた木綿の藍染めの浴衣や、環境に配慮した無染色・無漂白のフェイスタオルなど、こだわりを記せばきりがないが、提供されるそれら一つ一つにストーリーがあるのが御所坊らしい。
スタッフは皆、「自分の大事な人を迎える気持ちで」という指針のもと、マニュアルありきでない血の通った接客を提供してくれる。全てに説明がなされる大型ホテルのような分かりやすいサービスがあるわけではないが、多くのストーリーを持つ御所坊は、知的好奇心を満たしてくれる、真の大人の宿と言えよう。
有馬温泉には御所坊以外にも貴重な木造3階建の建物が残っており、街全体で建物群を登録有形文化財にしようという動きがある。整備が進めば、有馬はさらに魅力的な場所になるだろう。
有馬という稀有な温泉地を堪能するなら、その背景の中心にいる御所坊に滞在することが一番ではないだろうか。800年続く日本最古級の老舗旅館で、有馬の歴史と文化を存分に感じてほしい。
キーパーソン
1955年、兵庫県神戸市北区有馬町生まれ。料理学校に進み、北海道の旅館で修行した後、1981年に株式会社御所坊を設立し、社長に就任。個人客をターゲットにした特徴ある宿「陶泉 御所坊」「ホテル花小宿」「有馬山叢 御所別墅」「アブリーゴ」の運営以外にも、カフェギャラリーや農業法人の設立、ご当地サイダーの商品開発からおもちゃ博物館の開館まで携わる、観光業界のカリスマ。御所坊15代目当主として、有馬の街全体のブランディングに取り組んでいる。
「もともと絵描きやプロデューサーになりたかった」という金井さん。そのクリエイティブな才能は宿のインテリアや空間造りに遺憾なく発揮されている。有馬の都市計画にも深く関わる金井さんはこう話す。
「インテリアデザインよりも店舗設計や躯体設計、さらには都市計画と規模が大きくなるにつれ、考えるのは大変ですがおもしろさは増します。有馬温泉は、古い良き建物で街並みがデザインされ、多くの店やイベントが開かれる活気ある温泉地。その中心に御所坊があります。ぜひ知的好奇心を持って有馬の街全体を楽しんでほしいですね」
お知らせ
衛生管理(新型コロナウイルス感染予防対策)について
【陶泉御所坊より衛生管理について】
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を防ぎ、お客様に安心してご宿泊頂けますように、以下の対策を実施しております。
・館内の清掃時の換気、電子キー、トイレなど、各備品のアルコール消毒
・パブリックスペースの定期的な消毒・換気と、大浴場の利用人数制限
・従業員出勤時の検温、手指消毒、うがいの実施と、勤務中のマスク着用義務付け
お客様には、ご不便をお掛け致しますが、ご理解、ご協力をお願い申し上げます。
更新日:2021年2月8日