autoc-one.jp 記事・レポート 特集 特別企画 社長に訊く ~本田技研工業(株)代表取締役 社長執行役員 伊東孝紳~ page01

国沢光宏
Q
話は変わります。伊東さんが社長になった時、創始者である本田宗一郎さんを尊敬していると言っていました。本田宗一郎さんは人を幸せにするのがエンジンでありモビリティだと言っておられました。
伊東社長
(本田宗一郎は)私利私欲無し。自分も楽しみたいし、人も楽しませたい。永遠の庶民でもあります。そういう意味からすれば、社長になってから見に行ったインドのバイク事業などは本田宗一郎らしいと思います。インドでは年収に匹敵するくらいバイクは高いのですけれど、仕事を得られるし、家族も養っていける。
国沢光宏
Q
素晴らしい創業者がいる企業は、ある意味強いと思います。
迷った時に創業者の理念に立ち返ればいいし、社内の意見も統一できます。
伊東社長
いろんな意味でインドから教えてもらいました。インドでもホンダの4輪車を扱っていますが、アメリカなどで販売している豪華な商品をそのまま売っていたんです。そこがインドに限らず、今までのホンダ停滞の大きな要因になっていると思いました。現地のニーズはそれぞれ違う。私もバイク乗りなのでよく解りますけれど、インドの場合「雨風が凌げれば嬉しい」というところから始めるべきなんです。本田宗一郎なら「インドの人達を幸せに出来るクルマを作れ!」になったでしょう。ホンダの原点はそこです。インドに有能な人材を送ったので加速度的に変わっていくと思います。
国沢光宏
Q
一方で自動車には「華」や「競争」があります。だからこそ本田宗一郎さんは早い時期から海外のレースに出て行きました。高級車や高性能車を作るのも自動車メーカーの夢だと思いますが?
伊東社長
その通りです。クルマの魅力というのは大切です。インドの人達も、素晴らしいクルマを作っている会社の製品に乗っている、というプライドを持っていただける。だからこそニュルで一番速いFF車やスポーツカーを作る意義があるんです。  
国沢光宏
Q
F1もですね!! 復帰についての話をお聞きしたいと思います。
伊東社長
社長になった頃からF1をどうするのか聞かれてました。でも止めたばかりなので答えようが無いでしょう。復帰したいとは、ずっと考えていました。その後、東日本大震災があったり、タイの洪水があったりして、タイミングを掴めなかったんです。レギュレーションも変わるし、やっとF1に戻っても良い環境になってきましたので……。  
国沢光宏
Q
魑魅魍魎が跋扈するF1業界の反応はいかがでしょうか?
伊東社長
第3期のF1から撤退するとき、担当だった大島さんが上手に立ち回ってくれました。ホンダってF1に限らず、歴史的に「引き際」が上手なんです。だから惜しまれるし、再開する時にスムースなんですね。今回もパートナー(注・マクラーレン)はすぐ決まりました。皆さんカムバックを大歓迎してくれています。  
国沢光宏
Q
今回のテーマはなんでしょう?
伊東社長
長く続ける、ということを重視します。F1ってエンジンだけが私達の製造業が得意とするところであり、シャシーやマネージメントは別の”才能”や”能力”を必要とします。それを第3期で学びました。正直なことを言えば、第3期の最後の方は「明日の展望は全く無い」くらい行き詰まった。だからエンジンだけにしました。今回は簡単に撤退しません!  
国沢光宏
Q
伊東さんが社長になってからの2年半は、ホンダの開発陣は全力疾走だったと思います。話を聞いていると、これからしばらくも全力疾走になりそうな気がします。
伊東社長
一つは現地化です。もう日本だけではやっていけない規模になった。戦線を拡大するには研究所の野中(副社長)にも言ったんだけれど、社員に対するねぎらいが必要かもしれません。正直な話、よくやっていると思います。国沢さんに突っ込まれたので少し考えます。私が研究所の責任者なら社長に反旗を翻していたかもしれません(笑)。  
国沢光宏
Q
インタビューの最後の質問が趣味です。休日はどんな風に過ごしますか?
伊東社長
休日はゆっくりしたいです。とりあえず温泉ですね。宇都宮の近辺には良い温泉があるのでバイクでよく入りに行ったりします。バイクで風を受けて走って居ると本当に気持ち良い。そうそう、開発中の軽のスポーツカーを期待してください。オープンですから!!  

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伊東孝紳(Takanobu Ito)
1953年

静岡県生まれ

1978年 

本田技研工業株式会社 入社

1979年 株式会社本田技術研究所へ配属
1997年
  1. 株式会社本田技術研究所 取締役に就任
1998年 ホンダアールアンドディアメリカズ・インコーポレーテッド副社長に就任(勤務地はHRA-O)
2000年
  1. 本田技研工業株式会社 取締役に就任 / 株式会社本田技術研究所 常務取締役に就任
2001年   株式会社本田技術研究所 専務取締役に就任
2003年 本田技研工業株式会社 常務取締役に就任 / 株式会社本田技術研究所 取締役社長に就任
2005年 本田技研工業株式会社 生産本部鈴鹿製作所長に就任 / 株式会社本田技術研究所 取締役社長を退任
2005年 本田技研工業株式会社 常務執行役員に就任
2007年  本田技研工業株式会社 四輪事業本部長に就任
2007年 本田技研工業株式会社 専務取締役に就任
2009年 本田技研工業株式会社 株式会社本田技術研究所 取締役社長
2009年 本田技研工業株式会社 四輪事業本部長を解く
2009年 株式会社本田技術研究所 取締役社長に就任
2009年 本田技研工業株式会社 代表取締役社長執行役員に就任

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