【ahead femme×オートックワン】-ahead 4月号- アンティーブの松本葉さんを訪ねて(3/3)
- 筆者:
- カメラマン:若林葉子
私の中に日本が生きている
冒頭のメールや、それ以外にも折々に送られてくる葉さんのメールの文面。そこから私が受け取る、葉さんの感じている”寂しさ”の正体とは何だろう。旅の間もずっとそのことを考えていた。
葉さんの娘さんが通う学校のすぐそばに、日本でいうジムとスパが一緒になったような施設があって、葉さんは娘さんを送って行ったあと、朝7時半くらいからそこの温泉に浸かることがあるのだそうだ。
「そんな時間に温泉に浸かってるとね、暇なおばあさんとかと一緒になるの。それで世間話なんかをするんだけど、彼女は自分の話を聞いて欲しいだけで、私の話とか、私が日本人であるとか、そういうことはどうでもいいのね。だからとっても楽なのよ」。
そんな話にも私の胸はちくりと痛む。
イタリアに渡り、イタリアの生活に慣れようと奮闘した若い時代を経て、結婚し、二人のお子さんを生んで家族ができ、長い月日が流れた。葉さんの口からはよく「父が言うにはね…」と、数年前に亡くなられたお父様のことや、「母ならきっと…」と、同じようにすでにもうこの世におられないお母様の話が出た。長い月日の間にはご両親との別れもあったのである。
とてもきちんとしたお母様のもとで育った葉さんは着物の着付けもできると聞いて、「こっちで着物を着たりしたら、喜ばれませんか?」と聞いたら、「でも私、そういうのはイヤなのよ」と少し強い口調で葉さんは言った。「よく子どもたちに言うのよ。着物とか何とかっていうそういうカタチではなくてね、私の中に日本が生きてると思って、てね」。
葉さんらしいと思う。日本人である自分の価値観を捨てて、その国の価値観にただ自分を合わせるのではなく、反対に声高に日本人であることを主張するのでもない。わざわざ着物を着なくても、どこに暮らしていても葉さんは葉さんだ。
「こっちではね、高校に進学するということは、その先、勉学を突き詰めていくんだねというところまで迫られるようなところがあるのよ」と、少し前に高校にあがった息子さんの話を聞いた。同時に、進学しないで仕事に就くということは、周囲からも”そういう人”とみなされていく厳しさがある。
10代の半ばでも将来に対して「何となく」ということは許されないのだ。
また娘さんから「ママはなんでもできるのねって言われるのよ」という話も聞いた。「リコーダーを吹けと言われれば吹けるし、分数の計算をしろと言われればできるし、日本人の平均点の高さってすごいわよね」と。でも一方で、長所を徹底的に伸ばしていく向こうの教育の在り方も「すごいわよね」と思うのだ。
日々の暮らしを通じて、彼の地の良さも厳しさも、日本の良さも弱さも、葉さんはよく分かっている。でもそれを簡単に評価したりはしない。大事なのは評価することではなくて、それを知ったうえで自分はどう生きていくか、だからだ。
海外に暮らして、日本に向けて文章を書いている人は葉さん以外にもたくさんいる。その中でもとりわけ葉さんの文章に惹かれるのは、葉さんの描くヨーロッパの暮らしが、どこかの誰かが憧れた日本とは別世界のヨーロッパではなくて、自分の暮らしの延長線上にあると感じるからではないだろうか。
葉さんの住むコート・ダジュールという場所で、実際に葉さんと会ってみて、そのことがよく分かった。
葉さんが抱いている”寂しさ”は、これからも消えることはないだろう。その寂しさは葉さんが葉さんであることの裏返しだから。
私はヨーロッパで力強く生きる葉さんの生き方から学びたい。そして葉さんと肩を叩きあうにふさわしい人間でいたいと、そう願っている。
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