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木澤博司さんを偲んで

2007年11月29日



 ホンダの4輪黎明期に活躍したエンジニアが逝ってしまいました。木澤博司さんとおっしゃる方で初代シビックのプロジェクトリーダーやアコード、プレリュードといったホンダらしいクルマを手がけられた方でした。その偲ぶ会が28日に東京六本木の国際文化会館で『賑やかに』行なわれました。『賑やかに』と言うのも司会はあのべラメエの三本和彦さんなのですから、推して知るべしでしょう。誰も文句などつけようもありません!!私も大先輩の山口京一さんが声をかけて下さったので出席させていただきました。木澤さんを慕って集まった方には川本前社長や久米前社長、宗国前会長ら現在のホンダを作った方々が多数見えられ、当時の思いで話を聞くことが出来たのは貴重な体験でした。

 初代シビックは苦肉の策とも言えるもので、ヒットしたN360の欠陥問題、ボンネットで目玉焼きが出来そうなくらい熱くなった空冷のホンダ1300・・・・の後を継いで、これで駄目なら4輪から撤退、とばかりに背水の陣で臨んだ小型車です。とは言うものの軽のパーツなどあり合わせのものを最大限利用して使ったクルマだったということも、昨日の川本さんのご挨拶で初めて知りました。また創業者、本田宗一郎さんのエピソードも聞け、あっと言う間の2時間が過ぎてしまったのです。

 シビックは巧みなネーミングもさることながらFF/2ドア+ハッチバックというコンセプトが革新的で、当時の大学生の憧れの的となったこともあり大ヒット!無事ホンダはアコード、プレリュードといった次の小型車を作ることが出来、今の巨大企業、ホンダのきっかけとなった記念すべきクルマとなったのでした。木澤さんはその名車を世に送り出した功労者なのです。

 木澤さんとは実はあまり接点はなかったのですが、私がAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)に入れていただいてから、気さくに声をかけてくれ、青二才の埒もない話をまじめに聞き、またAJAJをとても大切にしていただいた方として、印象深いエンジニアでした。ありがとうございました!!

 写真は1972年にデビューしたその初代シビック1200GLのミニチュアです。

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大学卒業後、モータージャーナリズムの世界へ入り、自動車専門誌をはじめ各媒体に新車の試乗レポートやコラムを寄稿。…

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